| 発売 | 機種名 | 撮像素子(画面サイズ) | 連続撮影速度 | 本体重さ |
| 1995年9月 | キヤノン EOS DCS3 | 130万画素CCD※ (20.5×16.4mm) |
2.7コマ/秒 | 1800g※2 |
| 1995年10月 | ミノルタ RD-175 | 38万画素CCD×3 (1/2インチ)※4 |
約1100g | |
| 1995年12月 | キヤノン EOS DCS1 | 600万画素CCD※ (27.6×18.4mm) |
0.6コマ/秒 | 1800g※2 |
| 1996年9月 | 富士写真フィルム フジックス DS-505A |
140万画素CCD※ (2/3インチ) |
1コマ/秒 | 1720g※2 |
| 1996年11月 | 富士写真フィルム フジックス DS-515A |
140万画素CCD※ (2/3インチ) |
3コマ/秒 | 1850g※2 |
| 1998年3月 | コダック DCS520 | 200万画素CCD※ (22.8×15.5mm) |
3.5コマ/秒 | 1650g |
| 1998年6月 | 富士写真フィルム フジックス DS-560 |
140万画素CCD※ (2/3インチ) |
1コマ/秒 | 1670g |
| 1998年6月 | 富士写真フィルム フジックス DS-565 |
140万画素CCD※ (2/3インチ) |
3コマ/秒 | 1680g |
| 1998年6月 | ニコン E3 | 140万画素CCD※ (2/3インチ) |
1コマ/秒 | 1850g※2 |
| 1998年6月 | ニコン E3S | 140万画素CCD※ (2/3インチ) |
3コマ/秒 | 1860g※2 |
| 1998年10月 | キヤノン EOS D2000 | 200万画素CCD※ (22.8×15.5mm) |
3.5コマ/秒 | 1650g |
| 1998年12月 | キヤノン EOS D6000 | 600万画素CCD※ (27.6×18.4mm) |
1コマ/秒 | 1650g |
| 1998年12月 | コダック DCS315 | 150万画素CCD※ (14×9.3mm) |
2コマ/秒 | 1080g |
| 1999年5月 | コダック DCS620 | 200万画素CCD※ (22.8×15.5mm) |
3.5コマ/秒 | 1580g |
| 1999年5月 | コダック DCS620 | 600万画素CCD※ (27.6×18.4mm) |
1コマ/秒 | 1650g |
| 1999年9月 | コダック DCS660 | 600万画素CCD※ (27.6×18.4mm) |
1コマ/秒 | 1580g |
| 1999年10月 | ニコン D1 | 266万画素CCD (23.7×15.6mm) |
4.5コマ/秒 | 1100g |
| 1999年10月 | ミノルタ Dimage RD 3000 |
270万画素CCD※3 | 1.5コマ/秒 | 約1000g |
| 1999年10月 | コダック DCS330 | 300万画素CCD (18.1×13.5mm) |
1コマ/秒 | 1080g |
| 2000年7月 | 富士写真フィルム FinePix S1 Pro |
340万画素CCD※ (23.3×15.6mm) |
1.5コマ/秒 | 800g |
| 2000年10月 | キヤノン EOS D30 | 311万画素CMOS (22.7×15.1mm) |
3コマ/秒 | 780g |
90年代のデジタル一眼レフはコダックと富士フィルム(当時は富士写真フィルム)抜きには語れない。共に米国、日本を代表するフィルムメーカーは、早い時期からデジタル一眼レフを開発していたメーカーでもある。特に当時のコダックはデジタル一眼レフを牽引するメーカーで、キヤノンやニコンのベースボディから数多くのデジタル一眼レフをリリースしたのだ。
一方カメラメーカーは、キヤノン、ニコンともに自社ブランドでデジタル一眼レフをリリースするも、単にベースボディを供給するにとどまっていた。EOS DCSシリーズにしてもニコン E3にしてもそれぞれコダック、富士フィルムがデジタル部を供給していたのだ。
1995年に登場したキヤノン EOS DCS1はEOS-1nのベースボディに、デジタル部はコダック製で、すでに600万画素CCDを搭載していたのだから驚きだ。しかし、サンプル画像を見る限りでは、解像度、ダイナミックレンジともに現在のデジタル一眼レフとは比較にならないし、感度も低い。さらに連写速度は0.6コマ/秒で、3コマ目からは書き込みに8秒も待たされるという、フィルムには遠く及ばない実用性だった。EOS DCS1は発売価格360万円と中級車が買えてしまう価格であったので、プロでも手を出せるシロモノではなく、業務用の域を出ていなかった。
その後、フジックス DS-560やニコン E3で低価格化(77万円)を図った機種も発売されるが、140万画素と画質面で満足できるものではなく、サイズや連写性能も実用的なものではなかった。
1999年10月ニコン D1発売で状況が大きく変わる。はじめてカメラメーカーが本腰を入れて作ったデジタル一眼レフは、それまでにない実用性とコストパフォーマンスを兼ね備えていたのだ。画素数こそ266万画素と、当時のコンパクトデジカメ(130万画素〜211万画素)とさして変わりないが、大型CCDゆえに解像度、ダイナミックレンジ、感度共にそれらとは比較にならない画質のよさがあった。
また、はじめて普通につかえるデジタル一眼レフでもあった。ボディサイズ、重量共にフィルム一眼レフとほとんど変わらない程度までシェイプアップされ、連写速度も4.5コマ/秒、21コマまで連写可能になり、フィルム一眼レフと変わりないフットワークの良さを実現したのだ。
価格は当時としては破格の65万円ということもあり、D1はプロ、ハイアマチュアの間で話題になり、一時は生産が追いつかないまでになった。ニコン D1によって本格的デジタル一眼レフの歴史が始まったといってもいいくらいだ。
2000年には富士フィルムがFinePix S1 Pro(375,000円)、キヤノンがEOS D30(358,000円)をリリースし、デジタル一眼レフはもはやプロだけのものではなくなった。